「まさかこんなに悪い」から変われた:単位不振と自己理解のつながり

人生

単位が取れない。成績表を開くのが怖い。課題を出すつもりだったのに、気づいたら締切が過ぎている。出席しなければいけないのに、当日になって体が動かない。こういう状態は、根性論だけでは説明できないことがあります。

私がこの記事で整理したいのは、「単位が取れない」の背景に何が起きているのか、そして“困りごと”を支援につなげると何が変わるのか、という点です。結論から言うと、大学では環境の変化が大きく、もともとの得意・不得意(発達特性を含む)が一気に表に出やすくなります。対策はあります。重要なのは、責めるより先に、起きていることを分解して理解することです。


「単位が取れない」は、能力の問題というより“仕組み”の問題として起きる

単位を落とす場面には、いくつか典型パターンがあります。ここを言語化できるだけで、次の一手が見えやすくなります。

パターン1:連絡と締切が「見えない」状態になる

大学の学修は、課題・連絡・提出・小テスト・動画視聴など、複数のタスクが同時に走ります。しかも、通知はポータル、LMS、メール、授業ごとの掲示、口頭連絡などに散らばりがちです。情報が分散すると、「見たつもり」「読んだつもり」「登録したつもり」が増えます。

このとき起きているのは、知識不足ではなく“見落としが生まれる設計”です。見落としが増えるほど自己否定が強まり、さらに確認を避けるようになります。ここで悪循環が完成します。

パターン2:やる気はあるのに「始められない」

提出物の存在は分かっている。困るのも分かっている。それでも着手できない。これは意志の弱さというより、実行機能(計画、開始、切り替え、優先順位づけ)に負荷がかかっている状態として説明されることがあります。

特にオンライン授業や自宅学修では、授業開始の“外部の合図”が弱いぶん、開始の難しさが露出しやすいです。始められないまま時間が過ぎると、「もういいや」と諦めが起き、結果として欠席や未提出につながります。

パターン3:出席が安定しない(授業に行けない日が続く)

対面授業が始まると、教室移動、時間割の変動、出欠の厳密さ、対人場面の疲労などが一気に増えます。高校までのように「毎日同じ場所、同じ時間、同じ顔ぶれ」で回っていた生活とは別物です。

この変化にうまく乗れないと、授業に行けない日が続きます。本人の中では「行くべき」が強いのに動けないので、罪悪感だけが積み上がります。ここが危険地帯です。支援につながらないまま時間が過ぎると、留年や休学の判断が“追い詰められてから”になりやすいからです。


発達障害の話が出てくるのは、大学が「凸凹」を増幅しやすい環境だから

発達障害(代表例としてADHD、自閉スペクトラム症)は、生まれつきの脳機能の特性によって、生活や学修に支障が出る状態として説明されます。ただし、ここで大事なのは「特性がある=直ちに診断される」ではない点です。困りごとが強く出て初めて受診につながるケースも少なくありません。

高校までは、周囲がスケジュールを整えてくれていたり、宿題のリマインドが強かったり、友人関係が固定されていたりして、困りごとが目立ちにくいことがあります。大学ではその“支え”が弱くなり、自由度が増えます。自由度が増えるほど、自己管理の比重が上がります。ここで凸凹が表に出ます。


WAIS(ウェイス)で分かること:IQより「得意と不得意の差」が手がかりになる

大学の支援の中で、知能検査(WAIS)が提案されることがあります。ここで誤解が起きがちです。WAISは「賢いかどうか」を決める道具ではありません。私が重要だと思うのは次の2点です。

1) “平均より上”でも困ることはある

全体IQが平均を上回っていても、指標ごとの得点に大きな差があると、生活上の困りごとにつながることがあります。たとえば、言語理解が強い一方で、処理速度が相対的に弱い場合、時間制限や同時処理が絡む場面でミスが増えやすい、といった形です。

能力の総合点だけを見ていると、「できるはずなのに、なぜできない」が説明できません。差分に注目すると、「この場面で引っかかる理由」が言葉になります。

2) 検査は“診断”ではなく、“対策の入口”になり得る

WAISそのもので診断が確定するわけではありません。けれど、得意・不得意の特徴が整理されることで、対策が立てやすくなります。たとえば次のようにです。

  • 文章で考えるのは得意だが、期限管理が弱い
    → 提出物の管理を「一覧化+締切の二重通知」に寄せる
  • 時間制限があると見落としが増える
    → 課題やテストでの配慮の可能性を検討する
  • 切り替えが苦手で着手が遅れる
    → 着手のハードルを下げる“最初の1分”を設計する

ここで大切なのは、結果を“人格評価”に使わないことです。使い道は、責める材料ではなく、工夫の材料です。


大学の支援は「診断を待ってから」ではなく「困りごとから」始められる

多くの大学には、学生相談、学修支援、障害学生支援などの窓口があります。そこで行われるのは、単なるカウンセリングだけではありません。実務的な支援がセットになっている場合があります。

たとえば、連絡事項の確認を一緒に行う、課題の状況を定期的に振り返る、教員との調整に入る、といった動きです。困りごとが「未提出」「欠席」「期限を忘れる」のように具体的であればあるほど、支援は組み立てやすくなります。


合理的配慮は“特別扱い”ではなく「公平に学ぶための調整」

合理的配慮という言葉は、身構えやすいかもしれません。私は、ここを誤解しないことが重要だと思っています。

合理的配慮は、障害や病気などによって学修上の障壁が生じている場合に、その障壁を減らすための制度調整です。大学側が一方的に決めるのではなく、本人の申請と、大学との建設的な対話を通じて決まる形が基本になります。

具体例としては、次のような調整が検討されることがあります(大学や授業の性質によって可否は変わります)。

  • 授業資料や課題提示の方法の工夫(掲示の一本化、指示の明確化)
  • 期限や提出方法についての調整(条件付きでの猶予など)
  • 試験方法の調整(時間延長、別室、注意事項の明確化など)
  • 口頭指示だけでなく書面指示を併用する など

ここでのポイントは、「できないから免除」ではありません。障壁を減らし、学修の中身にアクセスできるようにする、という考え方です。


「単位が取れない」を抜けるための、現実的な立て直し手順

ここからは、今日から動かせる順番で整理します。完璧にやる必要はありません。詰まりやすい箇所を“外付け”で補う発想が要点です。

ステップ1:困りごとを“3行”に圧縮する

相談や支援につなげるとき、長い説明が苦手でも問題ありません。むしろ、短いほうが伝わります。私なら、次の型を使います。

  • 困っている現象(未提出、欠席、見落とし)
  • それが起きる条件(オンライン、時間制限、朝一の授業、複数タスク)
  • いま困っている結果(単位、留年、出願ミスの不安)

この3つが揃うと、支援側は動きやすくなります。

ステップ2:「連絡の入口」を一本化する

見落としが多いときに一番効くのは、根性より設計変更です。

  • ポータル、LMS、メール、掲示のどこが“正本”か決める
  • 週に1回、支援者と一緒に「今週の締切一覧」を更新する
  • 締切は二重に通知する(カレンダー+ToDo、または紙+スマホ)

仕組みができると、自己否定の時間が減ります。これが地味に効きます。

ステップ3:着手できない問題は「最初の1分」を小さくする

着手できないとき、目標が「レポートを書き上げる」だと重すぎます。入口は「ファイルを開く」「課題文を読む」「見出しだけ作る」などに落とします。

私がよく使うのは次のような分解です。

  • 0分:机に座る
  • 1分:提出フォームを開く
  • 3分:課題の条件(文字数、締切、引用ルール)だけメモする
  • 5分:見出し案を3つ書く

この“始まり方”を固定すると、毎回の迷いが減ります。

ステップ4:相談は「守秘」より「実務」を優先してよい

相談というと重く感じる方もいますが、最初は実務の相談で構いません。

  • 課題の一覧を一緒に確認してほしい
  • 締切の見落としを減らす仕組みを作りたい
  • 出席が不安定なので、時間割の組み替えも含めて相談したい

このレベルでも、支援につながる入口としては十分です。


受診と薬の話:必要なら“生活を支える道具”として検討する

ADHDには、集中や覚醒を助け、困りごとを軽減する薬があります。合う・合わないは個人差が大きいので、断定はしません。ただ、重要なのは「薬で人生が解決する」でも「薬は甘え」でもなく、“困りごとを減らす選択肢の一つ”として扱うことだと思います。

大学の支援と医療は、役割が違います。大学は環境調整と学修の支援を作り、医療は診断と治療を担います。両方が必要な場合もありますし、片方だけで足りる場合もあります。


検査結果が独り歩きしないために:危ない解釈を避ける

自己理解のツールは便利ですが、使い方を誤ると傷になります。私が避けたいのは次の解釈です。

  • 数字で人間の価値が決まると思う
  • 「得意=万能」「不得意=何もできない」と極端に振れる
  • 診断名だけで自分を説明しきった気になる
  • 相談より先にSNSの断片情報で結論を出す

検査は“地図”のようなものです。地図があっても歩かなければ目的地には着きませんし、地図の読み方を誤ると迷います。支援とセットで使うことが安全です。


保護者・周囲の方ができること:叱咤より「段取りの共同作業」

大学生になると、支援の主体は本人になります。ただ、周囲の関わりがゼロでよいわけではありません。私が現実的だと思うのは、「やる気を問い詰める」より「段取りを一緒に整える」関わりです。

  • 週1回だけ、課題一覧を一緒に確認する
  • 相談窓口に行く日だけ決めて、同行の可否を本人と相談する
  • 留年や休学の判断を“追い詰められてから”にしないため、早めに情報を集める

ここでの姿勢は、監視ではなく伴走です。本人の尊厳を守りながら、必要な助けが届く状態を作ることがポイントです。


最後に:単位は「根性の証明」ではなく、環境と工夫で取り戻せる

単位が取れないとき、本人は自分を責めます。周囲も「怠け」を疑います。けれど、大学という環境は、ちょっとした特性の差を大きな障壁に変えやすい場所です。逆に言えば、環境を調整し、仕組みを作り、支援につながることで、状況は動きます。

大事なのは、“困りごとの正体”を言葉にして、相談と対策に渡すことです。知能検査や心理検査は、そのための材料になり得ます。合理的配慮は、学ぶ権利を現実の形にする手段になり得ます。

止まり続けるのが一番危ない。動ける最小の一歩は、「いま何に困っているかを3行にする」ことです。そこから先は、一人で抱えなくていい領域です。

コメント