初任給40万円のニュースが増えるほど、胸の奥が冷える感覚になることがあります。
「若手が報われるのは良いことだ」と頭では分かっているのに、なぜか置き去りにされた気持ちが強まる。しかも、置き去りどころか“下がっている”という話まで出てくる。
結論から書きます。
初任給バブルの裏で氷河期世代が沈むのは、個人の努力不足ではなく、企業内の賃金配分と労働市場の構造がセットでそうさせているからです。しかもこの構造は、放っておくほど生活と健康に連鎖していきます。
この記事では、初任給引き上げの背景を押さえつつ、「氷河期世代の現在地」をデータで整理し、最後に“ここから何ができるか”まで落とし込みます。
結論:初任給が上がっても、氷河期世代の賃金は自然には上がりにくい
初任給40万円が珍しくなくなってきました。
サイバーエージェントの42万円、サイボウズの40万円、ファーストリテイリングの引き上げ、ノジマの「評価の高い自社アルバイト経験者に最高40万円」など、分かりやすく“強いメッセージ”が並びます。
一方で、第一生命経済研究所の分析では、年齢別の所定内給与の伸びをみたとき、50〜54歳だけが5年前比で▲1.3%とマイナスでした。
全体として賃上げの空気がある中で、この層だけ逆回転している。ここが最初のショックポイントです。
なぜこうなるのか。
ポイントは大きく3つあります。
要点:
1) 若手の賃上げは“採用のための投資”として最優先になりやすい
2) 中高年は転職が少なく、需給逼迫の恩恵が届きにくい
3) 企業は原資を作るために、55歳以上の賃金カーブを削りやすい
理由:若手争奪戦は「採用市場」で起きていて、氷河期世代は「社内市場」に閉じ込められやすい
まず、初任給が上がる理由はシンプルです。
少子化で若手の母数が減り、採用競争が激化したからです。採用に負けると将来の事業が回らないので、企業は“いまの利益”よりも“採用の勝ち”を取りにいきます。ここまでは納得しやすい話です。
問題は次です。
賃金が上がる力は、大きく分けると2つあります。
- 労働市場が動いて賃金が引っ張り上げられる(転職・競争で上がる)
- 社内で昇給原資が配分される(制度・評価・賃金テーブルで上がる)
若手は前者の影響を強烈に受けます。転職や内定辞退が現実的で、企業側も「逃げられる」という緊張感があるからです。
一方で中高年、特に氷河期世代は後者に寄りがちです。転職が少ないほど、需給逼迫の圧が届きにくい。
第一生命経済研究所も、流動性の低い中高年層では転職が少ない分、需給逼迫の要因が及びにくく、生産性上昇の配分が進みにくい、という趣旨を指摘しています。
つまり、外の市場が熱くても、社内の賃金テーブルが変わらないと上がらない。そして社内のテーブルを変えるには、別の“痛み”が必要になります。
具体例:原資確保の現場で起きる「55歳ラインの切り下げ」
若手の賃上げは、企業にとって固定費の増加です。
では、その原資はどこから出るのか。理想は「利益が伸びて、みんな上がる」です。でも現実には、利益がそこまで増えない局面でも採用競争だけは激しい。すると企業はこう考えます。
- 若手の初任給は上げる(採用のために必要)
- ただし人件費総額は爆発させられない
- ならば賃金カーブのどこかを薄くする
ここで狙われやすいのが、55歳前後の賃金ラインです。
日本企業には、役職定年や給与テーブルの切り替えがあり、55歳前後から年収が落ちやすい構造があります。実際に「55歳以上の大幅賃下げを断行する企業もある」という話が出てくるのは、この文脈です。
残酷なのは、ここが“静かに”進むことです。
初任給はニュースになる。派手で分かりやすいからです。
一方で、賃金カーブの切り下げは、社内の制度変更として淡々と行われる。しかも対象は声を上げづらい。家庭・住宅ローン・介護など、身動きが取りにくい時期と重なるからです。
もう一段深い問題:途切れ途切れのキャリアが「賃金の伸び」を奪う
氷河期世代のしんどさは、単に賃金テーブルの話だけではありません。
「途切れ途切れのキャリア」の問題があります。
正社員化できたとしても、途中に非正規期間や離職期間が挟まると、賃金は積み上がりにくい。職務の連続性が評価されにくい。結果として、同年代でも“上がっている人”と“上がらない人”の差が広がります。
さらに厄介なのは、介護です。
日本総研のレポートでは、就職氷河期世代のうち未婚で親と同居する人が250万人弱で、全体の1〜2割(未婚者の中では約6割)を占めるとされます。
そして、親の介護や死亡を受けて経済的に困窮する層を試算すると、同世代全体で約70万人が該当する、という推計も示されています。
ここで起きるのが、キャリアの“再断絶”です。
非正規で働く、またはギリギリで働き続ける中で介護が重なり、介護離職に追い込まれる。戻る場所がない。賃金の階段が途中で切れる。これが長期的に効いてきます。
注意:介護は「いつか」ではなく、年齢的に現実のイベントとして迫ります。
親の体調悪化が起点になりやすく、準備の有無で家計が割れます。
影響:賃金の停滞は、生活だけでなく健康にも連鎖する
この手の話は、つい「経済」や「制度」で終わりがちです。
でも、実感として一番怖いのは、体と心に波及するところです。
紹介されている分析として、一橋大学の小塩隆士教授のデータでは、氷河期世代の入院リスクが他世代に比べて男性1.29倍、女性1.15倍。主観的健康を低評価するリスクも男性1.25倍、女性1.16倍、という数字が示されています。
主観的健康は大きな病気の予防や要介護リスクの低減に繋がる指標とも言われます。
ここで厄介なのは、因果が絡み合うことです。
賃金が伸びない→余裕がない→学び直しの時間も体力も削れる→キャリアの打ち手が減る→さらに余裕がなくなる。これがループします。
痛切な独白として、「ただただしんどいだけ」「恩恵を受けるのはいつも次の世代」「勉強してるけど記憶力が落ちて効率が悪い」という声が出るのは、まさにこのループの中にいるからです。
じゃあどうする:個人の努力論にしないための“現実的な打ち手”
ここから先は、精神論ではなく現実の話をします。
「転職すればいい」だけでは解決しません。もちろん転職が刺さる人もいますが、全員に当てはまらないからです。
必要なのは、次の2つがセットになった設計です。
1) 生活費を保障しながら、専門スキルを取りにいく仕組み
学び直しは時間も体力も奪います。
生活費が不安な状態で高度ITや専門スキルを取りにいくのは、ほぼ無理ゲーです。だから本来は「生活保障つき」の仕組みが必要になります。
ここでの焦点は“講座の良し悪し”ではなく、次の3点です。
- 生活費の穴をどう埋めるか(給付型か、休職とセットか)
- 学ぶ内容が職務に接続するか(資格より職務スキルの証明)
- 学んだ後に“行き先”が用意されるか(採用・配置転換の導線)
個人で完結させると限界が来やすいので、企業の配置転換や自治体・公的機関の支援と結びつけたほうが勝率が上がります。
2) 介護離職を防ぐ「強い介入」
介護は、キャリアを切ります。
そして一度切れると戻りにくい。ここに強い介入が必要です。
やることは大きく2つです。
- 介護が始まる前の情報と段取りを前倒しする(相談窓口、認定、使えるサービス)
- 介護が始まった後の“働き方”を守る(休業・短時間・在宅・周囲の理解)
ここは個人の努力でどうにもならない領域が多いので、企業の制度運用と公的サービスの接続が勝負になります。
まとめ:初任給バブルの時代に、氷河期世代を「見えないまま」にしない
初任給40万円の時代は、若手にとって希望です。
ただし同時に、氷河期世代にとっては“人生の下降線が固定化する危険”が増す時代でもあります。
だから必要なのは、「誰かの得」を叩くことではなく、構造の穴を塞ぐことです。
賃金配分のゆがみ、転職市場の恩恵が届かない層、介護でキャリアが切れる層。ここを放置すると、社会の負債として返ってきます。
最後に、現実的なチェックを置きます。😊
チェック:次のうち2つ以上当てはまるなら、早めに“備えの設計”が必要です
・賃金がここ数年ほぼ横ばい、または実質的に目減りしている
・親の介護が「数年以内」に現実味を帯びている
・同居または近居で、生活が親の支えに寄っている
・学び直しをしたいが、生活費と時間の見通しが立たない
結論として、問われているのは個人の根性ではなく、国と企業の設計です。
そして同時に、設計が変わるのを待つだけではしんどいので、“自分側の分岐点”を早めに把握して、動ける範囲から動くのが現実的です。


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