「朝の小1の壁」をどう越えるか。これは共働き世帯が増えるいま、わりと切実なテーマです。
一方で、高崎市が進める「小学校の7時開門」をめぐって、現場から強い反発が出ています。しかも、校務員の退職が相次いでいるという話まで出てきました。
結論から言うと、問題の芯はシンプルです。
“門を開けるだけ”のつもりでも、子どもが入ってきた瞬間に学校は「安全と対応」の責任から逃げられなくなる。そして、そのしわ寄せが、結局は教員と校務員に乗る設計になっているなら、破綻しやすいです。
この記事では、賛否の感情論ではなく、「何が論点で」「どこで設計が崩れて」「どうすれば現実的に回るのか」を整理します。
まず何が起きているのか:高崎市の「7時開門」の骨格
高崎市は、市内の全小学校で開門時刻を午前7時に前倒しする方針を示しています。背景にあるのは、保育園より小学校の登校時刻が遅く、朝の居場所に困る家庭が出る「朝の小1の壁」です。
行政の説明としては、共働きやひとり親家庭の支援であり、早朝に登校せざるを得ない児童を受け入れる、という位置づけになります。
そして運用のキモが「誰が7時に門を開けるか」です。
市の説明では、開門は校務員が行う。防犯対策として、登校する児童を校門前で見守る予定、という整理です。
ここだけ見ると、「門を開ける人が早く来るだけで、先生の勤務は変わらない」のように見えます。
ただ、現場の怒りはまさにこの点に向いています。
「開門」と「預かり」は別物、という理屈が現場で崩れる理由
高崎市側の説明は「預かり事業ではなく開門事業だから、制度設計は不要」というロジックに寄りがちです。
でも、学校現場の感覚ではこうなります。
朝7時。門が開いている。子どもが入ってくる。
その時点で、次の現実が発生します。
1)子どもは“ただそこにいる”では済まない
小1は特に不安定です。泣く子もいます。友だち関係で揉めることもあります。転んでケガをすることもあります。体調不良もあります。
つまり「開門=空間を提供」だけでは終わらない。
人がいる以上、何かが起きた時の初動が必ず必要になります。
2)初動が必要になると、“そこにいる大人”が吸い込まれる
トラブルが起きた瞬間、現場では「その場にいる大人」が動きます。これは善意でもあり、職業倫理でもあります。
だからこそ怖いのは、制度として「教員は7時に来なくていい」と言いながら、実態としては「居合わせた教員が対応する」みたいな運用が紛れ込むことです。
これが積み重なると、結局は黙示の早出が常態化します。
「頼んでないからセーフ」ではなく、「起きたら対応せざるを得ない」仕組みが、静かに人を縛ります。
3)責任の線引きが曖昧なほど、人が辞める
校務員の仕事は、もともと施設管理や修繕などが中心です。対人対応が主戦場ではない人もいます。
その校務員が7時に一人で門を開け、子どもが入ってきて、もし事故が起きたらどうなるのか。
現場が「責任を負えない」と感じるのは自然です。
実際に、校務員の退職が相次いでいる、という報道が出ているのは、まさにこのポイントに刺さっているからだと思います。
現場が一番キレているのは「負担増」より「手順が飛んでいる」こと
反発の理由を「先生が大変になるから反対」とだけまとめると、論点を外します。
現場の怒りはもう少し構造的で、ざっくり言えばこうです。
- ニーズ調査が十分なのか
- 現場との議論があったのか
- 制度設計(安全・責任・運用)があるのか
- 人員配置と予算の裏付けがあるのか
この「順番」が飛んだまま、トップダウンで決まったように見える。
ここが信頼を壊します。
実際、教職員へのアンケートで反対が圧倒的に多い、という話が出ています。任意回答でも大量の声が集まり、2回目のアンケートでも反対が多数という数字が示されています。
さらに、校務員の募集が増えているという話まで出ている。つまり、現場の疲弊がすでに動き始めているわけです。
ここで怖いのは、表面的にはしばらく事故が起きない可能性があることです。
なぜなら、先生たちが無理をして守ってしまうから。結果として、「動いてるじゃん」で固定化し、疲弊だけが進むパターンが起きます。
給特法と“自発的な早出”が絡むと、地味に詰む
このテーマが根深いのは、学校の働き方がもともとギリギリで回っているからです。
教員の長時間労働は、ここ数年ずっと社会問題になっています。
その上で、給特法をめぐる「時間外勤務を命じられないはずなのに、現実には時間外が前提になっている」という矛盾が、現場の疲弊を生んでいる、という指摘があります。
今回の「7時開門」は、まさにこの矛盾を増幅させやすい設計です。
- ルール上は先生は7時に来なくていい
- でも子どもが7時に来る
- 何か起きたら“いる大人”が対応する
- だから先生が「念のため」早く来る
- それが常態化する
- しかし制度上は“命令してない”ことになっている
この構図は、静かに危ないです。
文科省はどう見ているのか:ポイントは「学校以外が管理する体制」
この件では、文科省に対して要請・レクが行われたという情報も出ています。
そこで示された趣旨として重要なのは、
勤務時間より前(あるいは下校後)に学校施設で子どもを預かる必要がある場合、自治体は保護者や地域住民等の参加を得て、学校以外が管理を行う体制を構築する
という方向性です。
要するに、「学校の先生に寄せてはいけない」ということです。
学校の施設を使うにしても、管理の主体を学校に固定しない工夫が必要、という話になります。
「朝の小1の壁」対策として、現実に回る条件はこれ
ここからが大事です。
7時開門そのものを全否定して終わると、朝の困りごとが残ります。
では、崩れない仕組みにする条件は何か。私は次の3点だと思います。
条件1:管理主体を学校の外に置く(責任と指揮系統を明確にする)
「門を開ける人」を増やすだけでは弱いです。
事故やトラブルが起きた時に、誰が判断し、誰が保護者連絡し、誰が引き継ぐのか。ここが曖昧だと、現場の善意に吸い込まれます。
運営主体が学校以外(自治体の別部署、委託事業者、地域人材の組織など)で、責任の所在が明確な形が必要です。
条件2:見守りの人員配置は“最低限”ではなく“必要十分”で組む
小1が中心なら、なおさらです。
1人配置で回そうとすると、トイレや急病対応の瞬間に詰みます。
「見守り」は、人数だけでなくスキルも必要です。
子ども対応ができる人、連絡ができる人、緊急時の一次対応ができる人。ここは予算とセットで考えるべき部分です。
条件3:利用ルールを作る(誰が、いつ、どこで、どう過ごすか)
“開いてます”だけだと、現場が崩れます。
- 利用対象(学年、家庭事情の要件)
- 受付方法(申請制、登録制)
- 滞在場所(教室か、別室か、体育館か)
- 暖房・安全導線
- トラブル時の対応フロー
- 欠席・遅刻時の扱い
このあたりが明文化されていないと、当日現場で揉めます。揉めた時に動くのは、だいたい先生です。
まとめ:救いたいのは「保護者」だけじゃなく「子ども」と「学校」も、のはず
「朝の小1の壁」を解決したい気持ちは、たぶん多くの人が共有できます。
ただし、その解決が「学校の無理」で成立してしまうと、長くは持ちません。
短期的には回るかもしれない。
でもそれは、現場の誰かが無理をしているだけです。
解決策の名前が「子育て支援」でも、設計が雑だと、
子どもの安全も、学校の働き方も、同時に壊れます。
結局ここで問われているのは、
朝の困りごとを、誰の責任で、どんな体制で引き受けるのか。
そして、その議論を飛ばさずにやれる自治体なのか、ということだと思います。
この問題が高崎だけの話で終わらないのは、「先例」になり得るからです。
だからこそ、賛成/反対の前に、設計の条件をきちんと見える化して議論する必要があります。
少なくとも、子どもが学校に入る以上、子どもの安全と大人の責任を“なかったこと”にはできません。そこだけは、誤魔化せないです。


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